3つの「ゆるし」

 

カウンセリングとかヒーリングとかで
とても大事な要素になり得る
「ゆるし」というものについて
少し考察してみました。
なぜ、「ゆるし」がそんなに重要なのか、
とかについてもちょっと。
「ゆるし」という言葉に
こんなにたくさん意味があるとは。
言葉って本当に面白いですね!
ちなみに以下はあくまでも一つの考察、
ということで。

ゆるし」:罪や過ちをとがめないこと。

この「赦し」はとてつもなく露骨にいうとつまり、
「あなたは間違っているけれども私はあなたを責めません。
お願いだからしっかり反省して二度と同じ過ちは繰り返さないで下さい」
というちょっと上から目線なのがこの赦しなんだそうですw
う〜んまぁ確かにそうかもだけどw
露骨すぎてちょっと…ww
まーでも逆に「あなたを赦しません」っていう場合も、
「あなたは間違っているから赦しません」となるわけで。
って考えるとこの過ちとかに対する「赦し」って、
理論的には確かにそういうことかもですよね。
状況によって微妙に含みが変わったりもするかも知れないけど
この「赦す」とか「赦さない」とかはやはり基本的には
「一定の正しさというのがあって、あなたはそれとは相反している」
という前提の上に成り立つ概念みたいですね。

でも陰陽統合的視点で改めて見てみると、
この世界に真の意味で過ちとか罪とかはないってことに気が付くんです。
過ちとか罪とか失敗とかはすべて社会通念上の決め事で
(人間の頭の中にしか存在し得ない、ゲームのルールのようなもので)、
時代や文化背景が変われば真逆になったりするものも珍しくなく。
例えば「タヒ」という現代社会では目を背けられるような対象も
種・生命としてみれば淘汰と適応と自然の摂理の一部でしかない。
やっぱぜんぶ、人間万事塞翁が馬だったりするんですよね。
本当の本当に本質的な意味で正しさも過ちも存在しないなら、
赦されるべき人も赦されるべき行為も存在しないなら、
いったい何を赦せばいいんだろうなんて思ってみたりして。
(犯罪やそれに準ずる行為を擁護・助長する意図はありません)

 

ゆるし」:認めること、許可すること。

一方の「許し」は心理学などでも幸せに生きる上でも大切な概念。
特に自分の中にある「こうあるべき」といった抵抗感と向き合い
手放していくプロセスを「許し」と呼ぶこともありますよね。
その結果として他者や自分のありのままを許し認めることにつながります。
それにより自己肯定感の向上や人間関係の改善が促進され、
心に安心感が生まれ、その結果安定感が生まれます。
その安心感と安定感が、副交感神経を優位にし、
心拍や血圧を安定させ様々なホルモンバランスや
免疫系や自己治癒能力を最適化します。
許し効果、すげぇ。

そしてゆくゆくは自分の中の善も悪も誇りも恥も、
酸いも甘いも長所も短所もすべての要素を
ありのままそのまんま受け入れて愛していくこと。
それがこの地球に生まれた私たちに用意されたゲーム。
光と陰の濃淡、
喜びと悲しみの増減、
愛着と憎悪の強弱、
すべてに愛を見出すための壮大なゲーム、それが人生。
なのかもしれません。
そしてそのためにおすすめなのが中庸で、
中庸にいたるための理論が陰陽統合で
陰陽統合のためのツールがディマティーニメソッドなんです。

 

ゆるし」:心から聴き、受け入れること。

「聞く」よりも「聴く」ほうが、かなり前のめりな感じですよね。
っていうかそんな読み方あったんだ、って感じですw

く、ってつまり耳を傾けること。
耳を傾ける、ってつまり意識を向けて心を傾けて聴くってこと。
人は「聴く」ことを通して相手を受け入れることができるってことですよね。
傾聴っていったりもしますよね。
カウンセリングの現場なんかでも、
傾聴がある程度の癒しに繋がる段階というのがあります。
愚痴を聞いてもらったらスッキリした、みたいな感じですね。
自分の話を聞いてくれて肯定してもらえら、
理解されて受け入れられた感じして、安心しますよね。
話を聞いてもらいたい、理解してもらいたい、
肯定してもらいたいってある意味自然な欲求ですよね。

「聴く」って、コミュニケーションの真髄な気がします。
自分は昔から会話に夢中な時って「どう返事しようか」って
考えながら相手の話を聞いてたりします。
より丁寧に相手の音を「聴く」ことを心がけてみたいです。
そしてより丁寧に自分の音を「聴す」ことを心がけてみたいです。

言葉って本当に面白いですよね。


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